イリーナ・シェイクは今や多くの一流ブランドのランウェイを飾る世界的なトップモデルとなった。しかし、元々は水着モデルとして媒体に登場することが多かった。ロシアの小さな町で生まれ育った彼女がどのように世界を魅了するスーパーモデルとなったのか。ブラッドリー・クーパーとの破局から7ヶ月経った昨年12月2日、プライベートについてこれまで多くを語ってこなかったイリーナ・シェイクが英ヴォーグ誌のインタビューに答えた。昨年公開された別のインタビューと合わせ、イリーナ・シェイクのこれまでの発言をピックアップ。子どもの頃の生活から学んだことや、一児のシングルマザーとなった現在の状況について語っている。
トップモデルのイリーナ・シェイク:幼少期の苦悩
ロシアで生まれ育ったイリーナ・シェイクは、14歳の時に炭鉱で働く父を肺炎で亡くした。18ヶ月離れた姉と、幼稚園のピアノの先生だった母の3人家族となった彼女はこう思ったという。
いつも間違った体で産まれたように思っていた。男でいるべきだと思ったの。なぜかはわからない。もしかしたら、父がいつも男の子を欲しがったからかも。
私が家族を養う時だわ、結婚なんてしないと自分に言い聞かせた。もちろん、後々考えを改めたわ。女性でいることが好きだもの。でも、そう思ったのを覚えている。
私たちの家族に男性はいなかった。壁に釘を打ち付ける方法や、カーテンをとりつけたりも私がしなければならない。じゃがいもやきゅうりを育てる方法だって全て知っているわ。だって、ロシアではそれが冬を切り抜ける方法だから。
子どものころ、両親ともに収入がなかった時代はサバイバルモードだった。勤勉に働くことを教えられるの。誰かが来て何かくれるなんてことはないと学んだわ。
トップモデルのイリーナ・シェイク:シングルマザーとしての現在
シングルマザーでいることと、働いて家族を養うことを両立するのは難しい。本当よ。朝起きて、「どうしよう、どうしたらいいのかわからない。くじけそう」って思う日だってある。
子どもには、本当のあなたを見せないといけない。そうじゃないと、嘘の人生を生きているってことになる。
女性の家族のなかで育ったことは私に本当に影響を与えた。出会った力強い女性たちからとても多くのことを学んだの。
(ブラッドリー・クーパーとの破局について)お互いの持っているものを経験できて、私たちはとても幸運だったと思う。ブラッドリーがいない人生は新境地よ。
参考記事:Irina Shayk Talks Hollywood Break-Ups, Single Motherhood & Gender | British Vogue
https://www.vogue.co.uk/news/article/irina-shayk-on-relationships-motherhood-gender
Irina Shayk’s Bradley Cooper Post-Breakup Interview Is So Intriguing | StyleCaster
https://stylecaster.com/irina-shayk-bradley-cooper-post-breakup-interview/
(画像は『irinashayk 2019年12月27日付Instagram』のスクリーンショット)